
「そんなことも知らないの?」という暴論
私はバラエティ番組を観るのが好きです。
あるバラエティー番組で、芸能人が食レポにて料理名を言い間違える場面がありました。
似通った呼称ではありますが、明らかに別の料理名でした。
仮の例で言えば、「粕漬け」を「カステラ」と言ったようなものです。
それを聴いた私は瞬間的に、
「カステラ?いやいや粕漬けじゃん。そんなことも知らないの?」という批判的な思いが湧きました。
が、数秒後に自らを戒める言葉が出てきました。
「自分は料理名などの知識を蓄えることが好きだけど、この人にとって知識を蓄えることは、それほど優先順位が高いことではないんじゃないか。『そんなことも知らないの?』という批判は、個々人の志向性を無視した暴論だろう」と。
“人それぞれ大切にすることが違う”という当たり前の事実に気づいたのでした。
性格によって分かれる人の志向性
SNSでも人気のMBTI性格診断をご存じでしょうか?
気軽に調べることができるので就活や自己理解のために利用する方の多いようです。
MBTIとは、心理学者C.G.ユングのタイプ論を参考にしたもので、人の性格を16に分類するものです。
巷で流行る25年前…、今では絶版となった私の書棚にある、ポール・D・ティーガー著『16の性格』(1999、主婦の友社)には、自分の志向する事柄が「知識を求める」「複雑な問題を分析する」だと書かれていました。
その通りだと、自分でも思います。
私は、自分との関連や実用性の有無にかかわらず知識を蓄えるのが好きな性格です。
けれどそれはあくまで私が知識を蓄えることが好きなだけであって、人類共通の志向性ではありません。
当たり前の志向性を尊重できていますか?
さて学校という場は、先生から「知識を獲得すること」を強く求められる場所です。
私は幸い、それがイヤではなかったようで、その点での学校生活は問題ありませんでした。(もちろん、別の問題はありましたが…)
しかし、すべての児童生徒・学生が「知識を獲得したい」と思っているわけではありません。前述の芸能人のように、知識よりも別の志向性に重きを置いている人もいるのです。
こうした志向性は、職場や家庭でも同じように当てはまりますね。
ここから導かれることは、「自分とは無関係だと思しき事柄を知識として修得することへの志向性が低い児童生徒・学生に対して、どう学習意欲を高めるか」という教育上の命題です。
たぶん、今の学校では、この点が疎かになっていると、私はそんな気がしています。
今教壇に立っている先生方の多くは、知識を蓄積することへの志向性が高いのでしょう。そういう性格からすると、知識の修得に関心を示さないじ児童生徒・学生を見ると「ヤル気がない」「怠けている」と捉えがちです。
しかし、それは性格の違いを無視した見方でもあります。
みんながみんな同じ志向性をもっているはずはないのですから。
繰り返しますが、同じようなことが、学校だけでなく、会社や家庭でも同じことが言えるのではないでしょうか?
知らず知らずのうちに、社員や家族一人ひとりの志向性を無視した関係を築いていることがあるかもしれません。
志向性の個人差は「知識の修得」に限りません。
〇 他者と仲良くしたい(関係性への志向性)
〇 他者に迷惑をかけたくない(倫理観・道徳性の志向性)
〇 スポーツや運動への志向性
〇 自立への志向性(強く求めるか、優先順位が低いか)
〇 競争心の高さや、逆に争いを避けたい思い
など、実に多様です。
志向性を理解することが豊かな人間関係の第一歩
学校でも家庭でも会社でも、私たちは「自分と同じ志向性を持っているはずだ」という前提で他者を見がちです。
メンタル不調も陰にはこうした人間関係が隠れていることが多いのです。
ですが実際には、人それぞれ重視するものが違います。
学習意欲が弱いように見える生徒も、単に知識以外の分野に強い関心を持っているだけかもしれません。
職場でやる気がないように見える同僚も、別の価値を大切にしているのかもしれません。
だからこそ、メンタルヘルスを守るためにも、個々人の志向性を尊重した人間関係、それぞれの強みを生かす関わり方が求められるのです。
「そんなことも知らないの?」ではなく、「この人は何を大切にしているのだろう?」と問い直すこと――そこから、豊かな人間関係が育まれるようになっていくのではないでしょうか。

